最高裁判所第一小法廷 平成3年(オ)1249号 判決 1993年12月02日
上告人
旧姓小畑
乙幡トミ子
右訴訟代理人弁護士
武田貴志
被上告人
吉田きく
右訴訟代理人弁護士
佐藤正明
主文
原判決中、離縁無効確認の請求に係る部分を破棄し、右部分につき本件を仙台高等裁判所に差し戻す。
その余の本件上告を棄却する。
前項に関する上告費用は上告人の負担とする。
理由
一上告代理人武田貴志の上告理由第一点について
1 記録によれば、本件訴訟の経過は次のとおりである。
(一) 上告人は、被上告人に対し、昭和六三年八月二二日、養親子関係存在確認の訴えを提起した。その主張の骨子は、上告人は、吉田進(同五一年一一月九日死亡)・被上告人夫妻の養子であったところ、同四六年七月一五日に協議離縁の届出がされ、戸籍にその旨記載されているが、上告人には離縁の意思も届出の意思もなかったというものである。
(二) 第一審裁判所は、昭和六三年一〇月六日から平成二年三月八日までの約一年五か月の間に一〇回にわたって口頭弁論期日を開き、上告人の離縁の意思及び届出の意思の有無、上告人による離縁の黙示の追認の有無などの争点につき、当事者双方の申請に係る証拠のすべてを取り調べるなどの審理を遂げた。上告人は、最終口頭弁論期日において、「本訴を協議離縁無効の訴えに変更しない。」と陳述した。
(三) 第一審裁判所は、平成二年四月二六日、協議離縁において当事者に離縁の意思がない場合又は届出が当事者の意思に基づかない場合に真実の身分関係の確定を図るには、離縁無効確認の訴えによるべきであるから、本件訴えは確認対象の選択を誤ったもので不適法であるとして、これを却下する旨の判決をした。
(四) 上告人は、控訴の申立てをした上、平成三年一月二九日の原審の第一回口頭弁論期日において、予備的に離縁無効確認の訴えを追加する旨の申立て(以下「本件訴え変更の申立て」という。)をしたが、被上告人は、本件訴え変更の申立てについて特に異議を述べず、控訴を棄却する旨の判決を求めた。原審は、同年三月五日の第二回口頭弁論期日において口頭弁論を終結した。
2 原審は、1(三)の第一審裁判所の判断を是認した上、上告人は第一審の最終口頭弁論期日において「本訴を協議離縁無効の訴えに変更しない。」と明確に陳述したから、本件訴え変更の申立ては、訴訟手続上の信義則に反し、無効であるとして、控訴を棄却する旨の判決をした。
3 しかしながら、1の本件訴訟の経過に照らし、上告人の第一審の最終口頭弁論期日における「本訴を協議離縁無効の訴えに変更しない。」との陳述は、本件訴訟手続上将来にわたって養親子関係存在確認の訴えを離縁無効の訴え又は離縁無効確認の訴えに変更する意思がないことを表明したものではなく、第一審においては訴えの変更をする意思がないことを表明したにとどまるものと解するのが相当であるから、原審における本件訴え変更の申立てが訴訟手続上の信義則に反するものということはできない。
そして、上告人は本件訴訟の提起以来一貫して上告人には離縁の意思も届出の意思もなかったと主張してその立証に努め、第一審裁判所は約一年五か月の間に一〇回にわたって口頭弁論期日を開き、当事者双方の申請に係る証拠のすべてを取り調べるなどして本件の事実関係についての審理を遂げており、被上告人は原審における本件訴え変更の申立てについて特に異議を述べていないなどの事情の認められる本件においては、本件訴え変更の申立てを許すことによって、被上告人の有する審級の利益を害することはなく、また、訴訟手続を遅滞させるおそれもないから、原審としては、本件訴え変更の申立てを許し、これによって併合された離縁無効確認の訴えについても審理判断しなければならないものというべきである。
4 そうすると、原審が本件訴え変更の申立てを許さなかったことには、訴訟手続に関する法令違背ひいては審理不尽の違法があり、この違法が判決に影響することは明らかである。論旨は理由があり、原判決中、離縁無効確認の請求に係る部分は破棄を免れない。
二同第二点について
記録に照らすと、本件養親子関係存在確認の訴えを不適法として却下すべきものとした原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は、独自の見解に立って原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。
三結論
以上の次第で、原判決中、離縁無効確認の請求に係る部分は破棄し、右請求について審理をさせるため、右部分につき本件を原審に差し戻すこととし、その余の部分についての上告は棄却することとする。
よって、民訴法四〇七条一項、三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官大白勝 裁判官大堀誠一 裁判官味村治 裁判官小野幹雄 裁判官三好達)
上告代理人武田貴志の上告理由
第一点 原判決は、訴訟手続上の信義則の適用を誤っており、原判決には判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背がある。
一 原判決は、上告人が第一審で養親子関係存在確認の訴えを提起し、控訴審において予備的に離縁無効確認の訴えを追加申立したことについて、同申立は訴訟手続上の信義則に反し許されないとして控訴を棄却した。
原判決は、一審同様本件については離縁無効確認の訴えによるべきで、養親子関係存在確認の訴えで行くべきではないと述べつつ、上告人が、その趣旨で離縁無効確認の訴えを予備的に追加したにもかかわらず、今度はその追加申立が許されないというのである。
しかし、訴の変更については、民事訴訟法第二三二条において口頭弁論の終結に至るまでなしうると明記されているのであり、原判決が訴訟手続上の信義則を使って本件追加申立を認めないことは民事訴訟手続における信義則の適用を誤り、当事者の訴訟追行上の権利、訴訟物について法律で許容された当事者の自由な構成を阻むもので不当である。
原判決の判断は、右の結果、実質上、上告人の裁判を受ける権利を侵害することに繋るものであり、憲法第三二条にも抵触することになるものである。
二 民事訴訟手続において信義則が適用された裁判例は存在するものの、その適用範囲、適用要件についてははっきりされていない。
原判決は、本件について、信義則を適用するについて、上告人が第一審の口頭弁論期日において「本訴を協議離縁無効の訴えに変更しない」と陳述したことをその理由としてあげている。
しかし、一方当事者に仮に前後矛盾すると思われる行為があっても、同一訴訟手続内においては、民事訴訟法の建前からしても、口頭弁論の終結時までは、訴えの変更や攻撃防御方法の変更など、その訴訟上の態度を変更し、いわば矛盾的に行動しうることが認められていることから、信義則の適用は否定的に考えるべきか、少なくとも充分慎重になされるべきであるとされている(講座・民事訴訟4・弘文堂・二七二〜二七三頁、民事訴訟法判例百選第二版・一四二頁)。
また、婚姻関係訴訟等については当事者間の衡平よりも実体的真実に即した裁判が要求される手続においては禁反言等の信義則の適用は制限されると考えられている(東京高裁昭和四〇年一一月一八日判決)。従って、本件のような離縁関係訴訟についても同様に考えられるべきである。
三 しかも、訴訟手続上の信義則が適用される場合は、矛盾行為者(上告人)に不正な動機や重大な手落ちが認められるときや、矛盾行為を有効とすることによって先行行為を信頼した相手方に生ずる不利益が決定的になるとき、また、裁判所における裁判の迅速・経済に著しく反する場合などが考えられるが、本件はいずれの場合にもあたらない。
1 まず、上告人が第一審において養親子関係存在確認の訴えを維持し、控訴審において初めて離縁無効確認の訴えを追加申し立てしたのは以下の理由によるもので、上告人に不正な動機や重大なる手落ちは全く存しないものである。
即ち、本件は上告人と被上告人間の協議離縁が、離縁の意思も、届出の意思も欠いていて無効な場合であるが、協議離縁が無効である場合に、無効の性質をどう解するか、その無効主張をどういう訴えで行なうかで判例・学説は大きく分かれている。
協議離縁が本件のように、離縁の意思も、届出の意思も欠いている場合に即して言えば、
(第一説)この場合は、離縁は当然無効であり、従って、確認の訴えによるべきであるとしたうえで、離縁無効の訴えが確認の訴えであると考えて、同訴えによるべきであるとする見解。
(第二説)同じく、離縁は当然無効であり、従って、確認の訴えによるべきであるとしたうえで、離縁無効の訴は形成の訴えであると解されるので、本件の場合は確認訴訟である養親子関係存在確認の訴えによるべきであるとする見解。
(第三説)離縁の無効を形成無効と解し、従って、形成の訴えによるべきであるとし、離縁無効の訴えが形成の訴えであるとして、同訴えによるべきであるとする見解。
に大分される(注釈民法第二二巻七八七頁)。
第一審における「原告代理人」の主張は、右第二説が、もっとも合理的見解であるとして、同説に則って本件は確認訴訟で行くべきであり、従って、確認訴訟である養親子関係存否確認の訴えでいくべきであるとして主張されたものと解される。本件を確認訴訟でいくべきであるという点については、第一審判決も同様の見解を取っており、差異は離縁無効の訴えの性質をどう解するかによって生じたものである。
しかし、第一審における審理過程と第一審判決を比較した場合、第一審裁判所の釈明においても離縁無効の訴えの性質をどう解するか、全く明確にされていなかった。第一審第一〇回口頭弁論調書では「協議離縁無効の訴」という用語が用いられているのに対し、第一審判決では「離縁無効確認の訴」という用語を用いており、両者には用語上明らかな区別がみられる。
右第一審第一〇回口頭弁論調書によれば、原告代理人は「本訴を協議離縁無効の訴に変更しない」と陳述した旨記載されているが、「離縁無効確認の訴」への変更については触れられていない。
前述のとおり、第一審の原告代理人は、本件は確認訴訟でなされるべきであると考えており他方離縁無効の訴は形成の訴えであると考えていたことから、同代理人の右陳述は形成の訴である「協議離縁無効の訴」には変更しないという趣旨でなされたものと考えられる。(従って、原告代理人の右陳述が裁判所の釈明によってなされたものとすれば、裁判所の釈明は「確認の訴」と明示しておらず、釈明としては十分でなかったと言えるものである)
第一審で原告代理人が求めていたものは、離縁が無効であることの確認の内容であり、従って、そのことは養親子関係が存在することの確認と内容としては同一である。
第一審で原告代理人は、右確認を、離縁無効の訴えは形成訴訟であるという理解にたって確認訴訟である形態の訴訟である養親子関係存否確認の訴えで求めたのである。その考え方は、現在学者においても有力に主張されている見解である(岡垣学・吉村重徳編「注解人事訴訟手続法」青林書院六六〜六七頁)。
従って、第一審において原告代理人の右見解は、第一審裁判所の採用しないこととなったが、以上のとおり、第一審における原告代理人の右見解は有力な学説であること、第一審での審理と第一審判決においても離縁無効の訴えの性質について明確な区分に基づいた審理がなされなかったこと、更に、第一審で原告代理人が求めたものが本件離縁が当然無効であることを内容としたものであり、第一審での原告の求めた養親子関係の存在確認は、いわば、離縁無効確認を含んでいるということができるものであったのである。
右の点について、原判決は、第一審において原告代理人が「本訴を協議離縁無効の訴に変更しない」と述べたことをとらえて「右陳述は養親子関係存在確認の訴えを他の訴えに変更する意思がない、との趣旨であることが明らかである」としているが、その点は誤った判断である。
右にも述べたとおり、原告代理人は本件は確認訴訟でなされるべきであると考えており、しかも、協議離縁無効の訴えは形成の訴えであると考えていたのであり、そのために裁判所が「離縁無効確認の訴」ではなく「離縁無効の訴」への変更について釈明してきたことに対し、形成の訴えである「離縁無効の訴」へは変更しないと答えたにすぎないものである。
従って、原判決が第一審での原告代理人の右陳述を一切の確認の訴えに変更する意思がないと断定したのは、原告代理人の主張を理解しない誤った判断である。
2 また、本件に関しては、上告人の訴の追加申立を是認して第一審へ差し戻しても、被上告人に生ずる不利益が決定的になるとか、また、裁判所における裁判の迅速・経済に著しく反することにはならない。
上告人は第一審の却下判決を受けて、別訴により審理を求めることも可能であろう。しかし、本件については昭和六三年八月の提訴以来、第一審裁判所において実体についての審理を続け、予定されたすべての人証・書証等の取り調べを終了しており、実際上、実体判決をなすのに充分な段階に至っていたことは明らかである。裁判所の右釈明も審理終結後の最後の段階でなされており、実体についての審理は全て終了しているのである。
従って、本件を改めて別訴で行なうことは、両当事者にとっても更には裁判所にとっても、労力、時間その他あらゆる面において極めて訴訟経済上不利益であるということができる。
従って、本件においては、先行行為を信頼した相手方に生ずる不利益が決定的になるとか、裁判所における裁判の迅速・経済に著しく反するという信義則を適用すべき事情はなく、この点からも原判決が信義則を適用したのは不当である。
四 しかも、訴訟手続上の信義則が適用されるのは専ら実体的な事実の矛盾的主張、あるいは訴訟手続上の権利の濫用等の場合であり、本件のように実体的な事実主張は全く変わらず、訴の法的構成のみを変更する場合にまで信義則を適用して当事者の訴えの変更を認めなかったことは、民事訴訟手続における信義則の適用範囲を逸脱したものと考えざるをえず不当である。
本件についての原審の判決は、前記のとおり、法律的問題について学者らの間で鋭く見解の分かれる法律的論点について原告代理人がとった法的構成を一審裁判所の釈明にかかわらず維持したということに対して訴訟手続上の信義則を適用したものである。
しかし、訴訟手続上の信義則が紛争の実体部分について、従前の主張や立証と反するとして適用されるならともかく、本件は、実体部分の主張は全く同一であり、単に代理人の弁護士がどういう訴えとして提訴したかという法的構成の問題に過ぎないものである。
裁判例上、当事者の主張に関し禁反言の趣旨で信義則が適用されたのは、紛争の実体的部分についての禁反言に関するものであり、法的構成の部分のみに関して禁反言の趣旨から信義則を用いることは民事訴訟法第二三二条の定めからしても許されないものである。
しかも、本件を法的にどう構成するかは、訴訟法・実態法にまたがる難しい理論的問題を含んでおり、法律的な論点における見解の相違により、素人である上告人が訴訟遂行上不利益を受けることは最大限避けるようにすべきが、司法(訴訟)に対する国民の信頼を維持、確保するうえで必要である。
上告人には万一却下判決が確定した場合は、別訴を提起して審理を求めることが可能なはずであるが、原判決のように、きわめて広く信義則違反を用いることが許されるなら、別訴の提起においても、本件のごとく信義則により提訴自体が許されないなどということさえありうることになり、万一そうなっては上告人の憲法に定められた裁判を受ける権利さえ全く閉ざされてしまうことになり、由々しき事態であり到底認められないことである。
従って、この点からも本件において、原審での上告人の訴えの追加申立を、訴訟手続上の信義則違反として認めなかった原判決は、上告人の裁判を受ける権利を不当に侵害し、民事訴訟手続における信義則の適用に関する法令違背を侵しており不当である。
第二点 原判決は、本件について、離縁無効確認によるべきであり、養親子関係存在確認の訴えは不適法であるとしたが、その点は原判決には人事訴訟手続法第一八条、二四条、二六条の解釈運用を誤った法令違背がある。
協議離縁が本件のように離縁の意思も届出の意思も欠いている場合は、離縁は当然無効である。従って、その場合に離縁の無効を裁判上訴求するには確認の訴えによるべきである。他方、離縁無効の訴は形成の訴えであると解される。従って、本件の場合は確認訴訟である養親子関係存在確認の訴えによるべきである。その点において、原判決には人事訴訟手続法第一八条、二四条、二六条の解釈運用を誤った法令違背があり不当である。
以上いずれの点から見ても原判決は違法であって破棄されるべきものである。